河童伝説についての追加説明
河童という生き物をご存じだろうか。
頭の中に浮かぶのは、漫画家・水木しげる氏の河童、または清酒『黄桜』のイメージキャラクターを描いた、漫画家・清水崑氏、小島功氏の作品・河童ファミリーではないだろうか。
河童という生き物は、水辺に住むと伝えられている妖怪で、頭に水が入った「皿」、口は鳥のくちばしのようになっており、背中には甲羅、手足に水かき、日本人ならすぐに思い浮かぶ妖怪である。
ちなみに、河童という生き物は、全国各地にいるだけでは無く、なんとインドネシアにも河童伝説が残っているというグローバルな妖怪である。
そんな河童の物語と、そして、そんな河童の手のミイラが、温泉山満明寺一乘院には伝わっている。
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一乘院のお坊さんが、悪さばかりしていた河童の大将を退治し、手を切り落としたのではなく、もぎとったと伝えられています。力技で最後はねじ伏せたようです。まぁ、悪さばかりしていたので、多少のお仕置きは必要かと思います。実物はミイラなのでカラカラに干からびています。
物語には
「この一乗院に、赤峰法印という偉いお坊さんが住んでいたそうな。お山の中腹あたりにあるいまの「諏訪の池」には、そのころ悪いカッパの太将がおったと」
書かれています。こちらに登場する赤峰法印(あかみねほういん、もしくはせきほうほういん)は何者?と良く聞かれます。長い間、何者なのか不明な僧侶であったのですが、探究心旺盛な住職が調査したところ、
・満明寺が栄えていた頃➡江戸時代
・偉いお坊さん➡住職
・諏訪の池➡島原領主・松倉重政が命じて作らせた溜め池(江戸時代)
・満明寺一乘院第八世 宥興和尚(文化9年没)は、小浜町山畑赤峰出身。山畑地区と諏訪の池は車で7分ほどの近距離。
以上のことから、河童を退治したと伝えられているのは、京都仁和寺の摩尼珠院も兼帯し一乘院の住職であった第八世 宥興和尚であると推測されます。
平成14年、さいたま川の博物館にて『水辺の妖怪 河童』と題した特別展があり、一乘院の河童の手のミイラも、写真のみですが掲載されました。
また、月刊オカルト雑誌『ムー』でも紹介されたり、関東のテレビ番組では時々、一乘院の河童の手のミイラの取材があり、編集・放送されています。
全国各地には河童伝説はたくさん残っていても、このように【昔話】と【ミイラ】と一緒にリンクしているケースは珍しいらしいので、良ければ当山に寄って御覧になってみてください。観覧無料です。
合掌
追記…
AIに、「河童伝説で有名なお寺はどこ?」「河童のミイラが見れるところはどこ?」と尋ねても、一乘院のことは出てきません。余り有名ではないのかも知れないので、良ければ皆さん、【一乘院の河童の手のミイラ】を宣伝してください。


